和彫りの名品 解説
かすがしんろくみしょうたい
春日神鹿御正体
- 重要文化財
- 南北朝時代 14世紀
- 細見美術館(京都)
日本で日・月をモチーフにした金工品には、神仏への信仰に関わるものが圧倒的に多い。仏像を表す円相を「月輪(がちりん)」と呼ぶように、天象をつかさどる存在への畏敬が神仏への崇敬と重なったものであろう。中でもわかりやすいのが春日信仰と月の関わりである。御蓋山に出でる大きな月を円相として、春日神の本地仏を表した春日曼荼羅はひじょうに印象的である。そして、そこには必ず鹿の姿が描かれる。常陸国鹿島より武甕槌命(たけみかづちのみこと)が鹿にのって大和御蓋山に影向(ようごう)したとの伝承に基づく。
本品は、そのような春日曼荼羅を立体化したものと位置付ける稀有な作例である。鹿の背に銅・鋳造、鍍金の榊を立て、ここに大きな鏡板を置く。鏡板は鍍銀を施していて、月の視覚イメージと重なる。鏡面には五個の小円相を表し、内側に鍍金を施して鏡板との色彩対比をはかる。本地垂迹説の考えによって、ここに神の正体である本地仏を表すことから、御正体と称される。中央に阿弥陀如来(春日一宮)、向かって右上に薬師如来(二宮)、左上に地蔵菩薩(三宮)、左下に十一面観音(四宮)、右下に文殊菩薩(若宮)を線刻している。通常は一宮を釈迦如来もしくは不空羂索観音(ふくうけんざくかんのん)に当て、本品のごとく阿弥陀とするのは珍しい。
この御正体の製作時期を考定する上で重要な所見は、尊像を肥痩のある毛掘りであらわしていることである。このような線刻は、古代・中世の間の南北朝時代前後にのみ限定的にみられた技法である。また尊像の図様にも同時代仏画と共通する表現を行う。
鹿が飛来したことを示す雲は木製彩色、鹿本体は飾馬に見立てた装飾馬具をつけ、これらを一体で銅・鋳造と彫金、鋳金仕上げにより作る。また別鋳の角など、ひじょうに写実的に表現しており、鎌倉時代に表れた装飾性の流れが南北朝に一層進んだことをよく示している。
出典
特別展覧会 「金色のかざり」 金属工芸にみる日本美
解説:久保 智康 発行:京都国立博物館